史跡を訪ねて⓵

廣徳禅寺(桜台6丁目20番19号)


台自治会のエリアにこんな立派な大寺院があったとは‼

臨済宗大徳寺派の名刹「廣徳寺」は、現・台東区上野で「ビックリ下谷の廣徳寺」と言われたほどの江戸屈指の大寺院で、関東大震災の後、今の土地に移りました。

 境内には、加賀前田氏や久邇宮家より譲り受けた文化財の書院・茶室があり、柳生十兵衛等の徳川家と縁のある人の墓石が点在しています。

石神井川に沿う高台約1万坪にナラやケヤキ、松の保護樹木108本の大木が茂り、新緑・紅葉も美しく独特の風情を醸し出しています。

 

  (築山)富士の築山と敷き詰めた石によって、

  山のの億から流れ出る川を表現した、

   禅寺にふさわしい小堀遠州流の立派な庭園は一見に値します。  (竹林)

                               (茶畑)

 (柳生家墓所) 

剣法の将軍指南役として有名な柳生宗矩、十兵衛父子、将軍家茶堂指南役であった小堀遠州(茶人らしいか笠付棗形の墓石)、文禄・慶長の役で活躍したで立花宗茂、会津藩主松平氏、柏原藩織田氏、阿波藩蜂須賀氏等の墓が一見に値する偉観を示しています。

(茶室)

練馬で活動されている裏千家、表千家のお仲間等、さまざまなお茶会が開催されています。由緒ある茶室、お道具が」さりげなく使われている茶道の神髄に触れる茶会です。桜台自治会の皆様も事前にお願いしたら特別に参加できます。

                      (坐禅堂)

戒律が厳しい修行寺ですが、一般の方を対象にした精神修行の昇天(早朝)座禅会を毎週行っています。自治会の皆さまも是非参加して下さい。

(大書院)

練馬に移築された加賀前田氏の大書院・茶室、久邇宮家の中書院・茶室の由緒ある貴重な文化財の建物です。

厳しい禅の修行場のため、山門に「拝観謝絶」の木札がありますが、桜台自治会員にはご住職(桜台自治会員)のご厚意で、春・秋に「桜台自治会」と趣味のサークル「元気に歩こう会」主催の拝観会を行っています。是非ご参加して下さい。


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桜台の遺跡


 桜台の地域には、遥か昔の遺跡・史跡がいくつもあるのをご存知ですか? いつの時代も、水は暮らしの要。桜台でも石神井川に沿っていくつかの土器が出土しています。この武蔵野台地は湧水も多い土地ですから、暮らしやすかったのかもしれません。高稲荷公園、中宮には現在、都営アパートが建っていますが、東に足を向ければ城北中央公園に住居が復元されていますし、史跡公園には住居跡のくぼみがそのまま残っています。

 地図を見ながら、そして歩きながら…。数万年前の人々の暮らしに、思いを馳せてみてはいかがでしょう。

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 ほかに、「としまえん」の由来となっている「豊島氏」の城館跡や土塁が発見された「練馬城跡」、開進第二中学校のそばで、縄文時代の植物遺存体や平安時代の住居址が出土した「栗山城跡」など、さまざまな遺跡がみつかっています。桜台6丁目にも遺跡はでたものの、未だ調査が進んでいない土地があるそう。


史跡を訪ねて⓷

桜台の川・水・桜


 桜台及び周辺地区は、石神井川、千川、湧水など水に恵まれた土地のため、昔から生活しやすく、今もなお「おちつく」空間が広がっています。 

 石神井川と千川通りの桜に挟まれた桜台をさんぽしながら、水の流れとおちついた空気を肌で感じ、ゆっくりとした時間を過ごしてみませんか。

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 現在は暗渠化されている千川通りには、昔は千 川上水が流れていました。

 千川上水は、元禄9年(1696)江戸下町方面の飲み水として使われていました。その後の宝永4年(1707)、灌漑用水として利用することが許され、田へ引いた分水の跡が、今も桜台駅前、武蔵大学内などに残っています。